マコーレーカルキンの現在の画像ww薬物で激やせ・死去説も出た元有名子役の今の姿がこちらwww

『ホーム・アローン』シリーズで知られるマコーレー・カルキン(35)が、すっかりオジサン化したものの元気そうな姿で目撃されている。

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子役で大成功を収めたものの、その後ドラッグなどに溺れてしまい、役者業からは距離を置いていたマコーレー。バンド活動はしていたようだが、不自然に青白く激ヤセした姿を目撃され、余命半年説や死亡説などが流れていた。

しかし現在マコーレーは、ニューヨークでTVシリーズ「The Jim Gaffigan Show」に出演中。赤と白のシャツとジーンズ姿にジャケットを羽織り、伊達眼鏡をかけたロン毛の姿がパパラッチされているが、デイリー・メール紙に掲載されている写真を見てみると、額はハゲあがっているものの、やせこけて顔色が悪かった時とは比べ物にならないくらいふっくらしており、少々お腹も出ているのが見て取れる。

おじさんぽくなったものの健康そうに見えるマコーレーに対し、「今までで一番元気そう」「35歳とは思えないほどおっさんになったけど健康そうで良かった」「やっとドラッグ中毒から脱出できたみたいでよかった」といった声があがっている。

マコーレーは、8年交際していたミラ・クニスとの破局後かなり衝撃を受けていたと言われているが、ミラ似の新しい恋人との交際も順調で、心身ともに健康を取り戻したようだ。

マコーレー・カルキン(Macaulay Carson Culkin、1980年8月26日 -)は、アメリカ合衆国の俳優。7人兄弟(5男2女)の次男。父親は舞台俳優キット・カルキン、叔母に女優のボニー・ベデリアがいる。身長 5′ 6″(170cm)、体重146 lbs(66kg)

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4歳からYMCAのダンス・スクールでバレエを習い、アメリカン・バレエ・スクールに進む。ニューヨークのシティ・バレエ団で『くるみ割り人形』などの舞台に立つ。
1987年に映画デビュー。1990年に出演した『ホーム・アローン』が世界中で大ヒットとなり、世界一有名な子役(『ギネスブック』認定)となる。
1991年に主演した『マイ・ガール』も大ヒットし、1992年には続編である『ホーム・アローン2』に出演。前作と同様に世界中で大ヒットとなった。
この時にギャラが前作の830万円から3億7,000万円まで跳ね上がり、ドル箱子役として持てはやされた。その後もギャラは高騰し続け、1993年に出演した『ゲッティング・イーブン』と1994年に出演した『リッチー・リッチ』では子役としては破格の6億6,000万円のギャラが支払われた。
マコーレーのマネジャーを務めていた父親の非常識な要求などで1994年後半にはオファーが減少。さらに1995年に両親が別れ(元々結婚していなかったので離婚ではない)、マコーレーが稼いだ1,700万ドル(当時のレートで約17億円)を巡って裁判を起こした。裁判は泥沼化し、1996年にマコーレは「父と母が裁判に決着をつけるまで自分はどの作品にも出演しない」と俳優活動の休業を発表した。1997年2月、裁判所が「マコーレの稼いだお金は家族ではなくマコーレの会計士が管理するように」と命じ、同年の4月にマネジャーを務めていた父親がすべてを放棄する形で裁判は終了した。マコーレは18歳までこの裁判で争われた自身の稼いだ金額を知らず、その莫大な額に「辛いことばかりだったけどこれまでの成果を見たような気持ちになり、すごく嬉しくなった」とコメントしている。
この両親の裁判をきっかけに役者を引退することを決意し、『タイタニック』でレオナルド・ディカプリオが演じたジャック役のオファーも断った。そして「普通の学生生活を送りたい」と子役のために設立された高校に入学し、そこで同い年の女優のレイチェル・マイナーと出会い交際に発展。学校を中退して1998年4月に17歳という若さでレイチェルとの婚約を発表し、2カ月後に結婚したが、2000年に離婚した
1998年に発表されたソニック・ユースの「Sunday」のプロモーションビデオに出演する。ビデオの監督はハーモニー・コリン。舞台には時々出演していたが、2003年の『パーティー・モンスター』で俳優活動を再開した。2004年9月17日規制薬物とマリファナ所持で逮捕。その後、俳優業へ復帰。

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